圓満寺での「お結び玉祈願」「俳句恋みくじ」「えまたま」休止のご案内

国からの緊急事態宣言の延長を受け、5月14日(木)まで、圓満寺の地蔵堂を閉めさせていただくこととなりました。期間中、圓満寺での「お結び玉祈願」「俳句恋みくじ」「えまたま」は休止とさせていただきます。皆さまのご理解とご協力をお願い申し上げます。

道後温泉誇れるまちづくり推進協議会

宝厳寺 ほうごんじ

宝厳寺の由来と歴史

宝厳寺は時宗の開祖 一遍上人の生誕地です。伊予の豪族 河野通広の第二子として延応元年(1239)年に生まれました。幼い頃母を亡くしたことがきっかけで出家、文永11年(1274年)に時宗を開きました。翌年、熊野の地で神勅を受けてから「南無阿弥陀仏」と記した念仏札の賦算を始め、弘安2年から信濃の国で“念佛踊り”を始め、正応2年(1289年)の命が尽きるまで全国各地を遊行し、「一所不在捨聖遊行上人」として尊崇されました。
2013年8月の火災で本堂が全焼し、国の重要文化財である木造一遍上人立像が消失する災難がありましたが、檀家をはじめとする地域の人々の努力で、再建にはたくさんの寄付が寄せられました。3年後の2016年5月、宝厳寺は見事再建し、本堂の隣には一遍上人堂も新設されています。

もういっぺん起き上がろう!

2013年の火災から再建まで、一遍上人の起き上がりこぼし「もういっぺん」が寄付を集めるチャリティーグッズとして大活躍しました。お寺再建のために、地元の人々が一丸となって、ひとつずつ心を込めて制作を続けてきました。再建を果たした現在は、元気をくれる宝厳寺の縁起物として大切に取り扱われています。

捨聖(すてひじり)の思想

宝厳寺の本堂前には捨聖 一遍上人の歌碑があります。

身越数つる
す徒累心越寿轉川連半
於裳日なき世耳
すみ曽めの袖

〈読み〉
みをすつる
すつるこころをすてつれば
おもひなきよに
すみぞめのそで

〈意味〉
身を「捨てる」という心さえも捨ててしまったので、もはや、思い迷うことのない人生を生きる墨染の衣(僧)であるよ。※すみ曽めの袖の「住み」と「墨染」の「墨」は掛詞

これは「一切のものを捨て去って、阿弥陀仏に帰依することによって、総ての人が平等に救われる」という捨聖の生涯を生きようと誓った歌です。